ー秋山峰男と神様の想う壺物語ー
【第一話】宇宙交信は一つの夢から始まった。
2026年の春、ご縁あって朝倉のミロクの里に三つの大きな藍染の壺がやって来ました。
そこでそれぞれにぶー(セム)ふー(ハム)うー(ヤペテ)総じて「神様の想う壺」という名前をつけ、一つは火の祠の前に二つは裏山の原野を見渡せる丘の上へ配置しました。
実はこの裏山は以前から、「いつかUFOと出会うキャンプ場にしよう!」と、仲間たちが少しずつ整地を進めていた場所です。
そんなある日不思議な夢を見ました「三つの壺にアーティストが絵を描いた時から、宇宙交信が始まる」と。
さて、どんな方がこの壺に命を吹き込んでくださるのだろう…?
そう思っていた矢先、宇宙点描画アーティスト秋山峰男先生(83歳)との不思議としか言いようのないご縁が結ばれ、壺に絵を描いていただけることになったのです。
二年先まで予定が埋まっている秋山先生が偶然、七夕を前に、まさに絶妙なタイミングで急なキャンセルが入り、まるで宇宙が用意してくれたかのような日程が与えられました。
まさに「行き当たりばっちり!」そこで、七夕・7月7日の除幕式を前に、7月4日から三つの壺への命の制作が始まったのです。
ところが…
この時はまだ誰も、天地を巻き込む壮大なセレモニーが始まろうとしていることを知る由もありませんでした。
【第二話】雨がすべてをゼロにした日
三つの壺を完成させるにはまさに時間との勝負でした。
制作初日!最初に描かれたのは火の祠の前に置かれた壺の「炎」でした。
一基100kgほどもある壺は屋外です。雨が降り続く中、パラソルやテントを張って制作開始!
最初は火の祠の前の壺(セム)に燃え上がる炎を描くところから始まりました。
ところが突然、まるでノアの方舟を思わせるような豪雨と強風!!
とうとうテントが倒れ、描き始めたばかりの炎に激しい雨が降り注ぎます。
それでも秋山先生は、「雨で滲んでも、それもいいね〜」と笑顔。
お手伝いの皆さんも全身ずぶ濡れになりながら….誰一人慌てません!
やがて町内には「警戒レベル3。避難してください」との放送まで流れました。
一旦家の中へ避難し、雨が弱まるのを待って外へ出ると…
なんと!!
描いたはずの絵が跡形もなく消え、壺は元の姿に戻っていたのです。
秋山先生も不思議そうに、「あれは幻だったのかな…?でもズボンには赤いペンキが付いてるんだけどね」と….まるで狐につままれたようなお顔。
火の祠の前に描かれた炎は、雨に流され大地へ還り、すべてがゼロへ。
私たちはこの出来事を火・水・大地による制作前のセレモニーだったのだと受け止めました!
誰一人エネルギーを下げることなくむしろ笑顔が増えていきます。
そして、ふと気づいたのです!
なんとペンキは水性だったことに…「このまま描いていたら何年ももたなかったね!」と。
慌てて油性へ変更し、みんなで大笑い。雨は最高の導きだったのです。
こうして大切な儀式を終え、秋山先生は再び一から制作を開始されました。
その時町内放送で「黙祷」のアナウンスが流れます!
ふと気づけば、制作を始めた7月5日は九年前、黒川地区が千年に一度とも言われる豪雨で
村が流されると言う大災害の日!
あの日を思わせるような大雨!
しかし、そのすべてを明るく受け止めた秋山先生と仲間たち!
私は改めて、「極陽」こそが「ご供養」なのだと深く感じました。
しかし七夕まで残された時間はわずか!83歳の秋山先生には決して楽な日程ではありません。
心配した仲間たちが4.5人がかりで壺を倉庫へ運ぶと先生は嬉しそうに「ここは足場が安定していいね〜いいね〜!」と笑顔いっぱい。
その筆はますます軽やかになり、こうして奇跡の第一の壺が再び命を吹き返したのです!
【第三話】七夕の夜、宇宙交信が始まった!
雨のセレモニーを終え、制作は再び始まりました。
さあ、次はいよいよ山の上にある二つの壺!新しいテントを張り、翌朝三時から制作開始です。
こうして二つ目の壺も完成し、いよいよ七夕祭りを迎えました。
除幕式の後には、「出エジプト記」ならぬ『出地球記』と題したセレモニーを開催!
アロンの杖やマナの壺をモチーフにそれぞれの誓いを「十快」の短冊へ託し、星空へ祈りを届けました。
夜になると満天の星と天の川、UFOを感じた方もあちらこちらに…
そして7月8日三つ目の壺がついに完成しました!
その夜、私たちは確かに宇宙との交信が始まったと、それぞれの体験を通して実感することとなりました。
秋山先生、本当に有難うございました。
これからはUFOはもちろん、秋山先生の作品を愛する皆様も全国からミロクの里を訪れてくださることでしょう。
夢から始まり、雨に洗われ、祈りで結ばれたこの数日間の朝倉物語は、一生の宝物となりました。
秋山峰男先生、本当にありがとうございました!






